定期テスト対策_古典_平家物語_口語訳&品詞分解

こんにちは。塾予備校部門枚方本校の福山です。
平家物語『能登殿の最期』の口語訳&品詞分解です。

ぜひテスト対策にお役立てください。

✿ 本文:太字、現代語訳:赤字 

平家物語『能登殿の最期』

およそ能登守教経の矢先にまはる者こそなかりけれ。
だいたい能登守〔平〕教経の矢の前に立ち向かう者はいなかった。

矢だねのあるほど射尽くして、
(能登殿は背負っている)矢数のある限りを射尽くして、

今日を最後とや思はれけん、
今日を最後とお思いになったのであろうか、

赤地の錦の直垂に、唐綾縅の鎧着て、
赤地の錦の鎧直垂に、唐綾縅の鎧を着て、

いかものづくりの大太刀抜き、白柄の大長刀の鞘をはづし、
いかめしい作りの大太刀を抜き、白木の柄の大長刀の鞘をはずし、

左右に持つてなぎ回り給ふに、面を合はする者ぞなき。
左右の手に持ってなぎ倒して回られると、(能登殿に)面と向かって立ち向かう者はいなかった。

多くの者ども討たれにけり。新中納言、使者を立てて、
多くの者たちが討たれてしまった。新中納言〔平〕知盛は、(能登殿のもとに)使者を送って、

「能登殿、いたう罪な作り給ひそ。さりとて、
「能登殿、あまり(人を殺して)罪を作りなさるな。そんなになぎ回ったからといって、

よき敵か。」とのたまひければ、
(それほど)よい敵であろうか、いや、そうでもあるまいに。」とおっしゃったところ、

「さては、大将軍に組めごさんなれ。」と心得て、
(能登殿はその言葉を)「それでは、大将軍〔源義経〕に組めというのだな。」と理解して、

打ち物茎短に取つて、源氏の舟に乗り移り乗り移り、
太刀や長刀の柄のつばもと近くを握って、源氏の舟に乗り移り乗り移りして、

をめき叫んで攻め戦ふ。
わめき叫んで攻め戦った。

判官を見知り給はねば、
(能登殿は)判官〔義経〕を見知っていらっしゃらないので、

物の具のよき武者をば判官かと目をかけて、馳せ回る。
(鎧、甲など)武具がよい(ものを身につけている)武者を判官かと目をつけて、(舟に乗り移り)駆け回る。

判官も先に心得て、面に立つやうにはしけれども、
判官もすでに(それに)気づいていて、教経の正面に立ち向かうようにはしたけれども、

とかく違ひて能登殿には組まれず。
(実際は)あれこれ行き違うようにして能登殿とはお組みにならない。

されども、いかがしたりけん、判官の舟に乗りあたつて、
しかし、どうした拍子だったのだろうか、判官の舟に乗りあたって、

あはやと目をかけて飛んでかかるに、
「それ(出会ったぞ)。」と判官を目がけて飛びかかるので、

判官かなはじとや思はれけん、長刀脇にかいはさみ、
判官はかなうまいとお思いになったのであろうか、長刀を脇にはさんで、

味方の舟の二丈ばかり退いたりけるに、ゆらりと飛び乗り給ひぬ。
味方の舟で六メートルほど離れているのへ、ひらりと飛び乗りなさった。

能登殿は、早業や劣られたりけん、やがて続いても飛び給はず。
能登殿は、早業は(判官に)劣っておられたのであろうか、すぐ続いては飛び乗りなさらない。

今はかうと思はれければ、太刀、長刀海へ投げ入れ、
(能登殿は)今はこれまでとお思いになったので、太刀・長刀は海へ投げ入れ、

甲も脱いで捨てられけり。鎧の草營かなぐり捨て、胴ばかり着て、
甲も脱いでお捨てになった。鎧の草營を引っ張ってちぎり捨て、胴だけを着て、

大童になり、大手を広げて立たれたり。
髪の結びが解けた乱れ髪の姿になり、大手を広げてお立ちになった。

およそあたりをはらつてぞ見えたりける。
総じて周囲を威圧して人を寄せつけない様子に見えた。

恐ろしなんどもおろかなり。
恐ろしいなどと言うどころではない。

能登殿大音声を上げて、「我と思はん者どもは、
能登殿は大声を上げて、「我はと思う者どもは、

寄つて教経に組んで生け捕りにせよ。鎌倉へ下つて、
近寄って教経と組み討って生け捕りにしろ。(そうして)鎌倉に下って、

頼朝に会うて、ものひとこと言はんと思ふぞ。寄れや寄れ。」
〔源〕頼朝に会って、一言ものを言おうと思うぞ。寄れよ、寄れ。」

とのたまへども、寄る者一人もなかりけり。
とおっしゃるけれども、寄って来る者は一人もいなかった。

ここに、土佐の国の住人、安芸郷を知行しける安芸の大領実康が子に、
さて、土佐の国の住人で、安芸郷を領有していた安芸の大領実康という者の子に、

安芸太郎実光とて、三十人が力持つたる大力の剛の者あり。
安芸太郎実光といって、三十人力の力を持っている大力の剛勇の者がいた。

我にちつとも劣らぬ郎等一人、
自分に少しも劣らない家来一人、

弟の次郎も普通にはすぐれたるしたたか者なり。
(それに)弟の次郎も人並みはずれた剛の者である。

安芸太郎、能登殿を見たてまつて申しけるは、
安芸太郎が、能登殿を見申し上げて申したことには、

「いかに猛うましますとも、我ら三人とりついたらんに、
「どんなに勇猛でいらっしゃっても、我ら三人が組みついたなら、

たとひ丈十丈の鬼なりとも、
たとえ(相手が)背丈三十メートルの鬼であっても、

などか従へざるべき。」とて、
どうして組み伏せられないことがあろうか、いや、ありはしない。」と言って、

主従三人小舟に乗つて、能登殿の舟に押し並べ、
主従三人小舟に乗って、能登殿の舟に(自分の舟を)押し並べ、

「えい。」と言ひて乗り移り、甲の錣をかたぶけ、
「えい。」と言って乗り移り、甲の錣を傾け、

太刀を抜いて一面に討つてかかる。
太刀を抜いて並んでいっせいに(能登殿に)討ってかかる。

能登殿ちつとも騒ぎ給はず、まつ先に進んだる安芸太郎が郎等を、
能登殿は少しもお騒ぎにならず、まっ先に進んで来た安芸太郎の家来を、

裾を合はせて海へどうど蹴入れ給ふ。
(草營の)裾と裾とが合うほど(近くに)引き寄せて海へどっと蹴込み入れなさる。

続いて寄る安芸太郎を弓手の脇に取つてはさみ、
続いて寄って来る安芸太郎を左手の脇に取ってさしはさみ、

弟の次郎をば馬手の脇にかいはさみ、ひと締め締めて、
弟の次郎は右手の脇にさしはさんで、一回ぐっと締めて、

「いざ、うれ、さらばおのれら、死途の山の供せよ。」とて、
「さあ、きさまら、それではおまえたちが、死出の山を越える供をせよ。」と言って、

生年二十六にて海へつつとぞ入り給ふ。
生年二十六歳で海へさっとお入りになった。

※ 品詞分解はこちら
平家物語『能登殿の最期』

 

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