定期テスト対策_古典_大鏡_口語訳&品詞分解

こんにちは。塾予備校部門枚方本校の福山です。
大鏡の口語訳&品詞分解です。

大鏡」は平安時代後期に成立した歴史物語です。
大鏡では主に藤原道長の業績について書かれていますが、今回は別の人物についてのお話です。

ぜひテスト対策にお役立てください。

大鏡『時平と道真』

✿ 本文:太字、現代語訳:赤字 

あさましき悪事を申し行ひ給へりし罪により、
あきれるばかりの悪事を天皇に奏上しこれを実行なさった罪の報いで、

この大臣の御末はおはせぬなり。さるは、
この大臣〔藤原時平〕のご子孫は繁栄なさらないのです。そうはいうものの、

大和魂などは、いみじくおはしましたるものを。
(時平公は)政治的手腕などは、すぐれていらっしゃいましたのにねえ。

延喜の、世間の作法したためさせ給ひしかど、
延喜の帝〔醍醐天皇〕が、世の中の風儀を取り締まりなさいましたが、

過差をばえしづめさせ給はざりしに、この殿、
度を越したぜいたくを御抑制なさることができないでいらっしゃったとき、この殿〔時平〕が、

制を破りたる御装束の、ことのほかにめでたきをして、
禁制を破ったご装束で、とりわけ立派なのを身につけて、

内裏に参り給ひて、殿上に候はせ給ふを、帝、
内裏に参上なさって、清涼殿の殿上の間に伺候していらっしゃるのを、帝が、

小蔀より御覧じて、御けしきいとあしくならせ給ひて、
(昼の御座の)小蔀から御覧になって、ご機嫌がひどく悪くおなりになって、

職事を召して、「世間の過差の制きびしきころ、
蔵人をお呼びになって、「世間のぜいたくの禁制が厳しい昨今、

左大臣の、一の人といひながら、
左大臣が、臣下最高の身分というものの、

美麗ことのほかにて参れる、便なきことなり。
特別美麗な服装で参内するのは、不都合なことだ。

はやくまかり出づべきよし仰せよ。」と仰せられければ、
早々に退出せよという旨を申し伝えよ。」とお命じになりましたので、

承る職事は、いかなることにかと恐れ思ひけれど、
(勅命を)お伺いした蔵人は、「(こうお伝えしたら)いったいどんなことに(なるだろうか)。」と恐ろしく思ったが、

参りて、わななくわななく、しかしかと申しければ、
(時平公のところへ)参って、ふるえながら、かくかくしかじかと申したところ、

いみじく驚き、かしこまり承りて、
(時平公は)とてもびっくりして、恐縮して(天皇のお言葉を)承って、

御随身の御先参るも制し給ひて、
御随身がお先払いをし申し上げるのもご制止になって、

急ぎまかり出で給へば、御前どもあやしと思ひけり。
急いでご退出になったので、お先払いの者どもは不審に思ったのでした。

さて、本院の御門一月ばかり鎖させて、
そうして、(時平公は)本院のご門を一か月ほど閉じさせて(謹慎し、ご自身は)、

御簾の外にも出で給はず、人などの参るにも、
御簾の外へもお出ましにならず、人などがご訪問申し上げるのにも、

「勘当の重ければ。」とて、会はせ給はざりしにこそ、
「帝のご勘気が重いので。」と仰せになって、お会いになりませんでした(。こんな具合であった)ので、

世の過差は平らぎたりしか。うちうちによく承りしかば、
世の中のぜいたくの風潮は根絶しました。内々に(真相を)よく承りましたところ、

さてばかりぞしづまらむとて、
そういうふうにしてこそぜいたくもおさまるだろうというので、

帝と御心合はせさせ給へりけるとぞ。
帝と(時平公とが)お心をお合わせになったということです。

もののをかしさをぞ、え念ぜさせ給はざりける。
(時平公は)何かでおかしがると、それを我慢おできになりませんでした。

笑ひたたせ給ひぬれば、すこぶることも乱れけるとか。
いったんお笑い出しになってしまうと、少しばかり物事も乱れたとかいうことです。

北野と世をまつりごたせ給ふ間、
北野〔菅原道真〕と一緒に政治をお執りになったころ、

非道なることを仰せられければ、
(時平公が)道理に合わないことを仰せになったので、

さすがにやむごとなくて、
(道真公は)何といっても(相手が)尊い(身分の時平公な)ので、

「せちにし給ふことを、いかがは。」とおぼして、
「強引になさることを、どうして(お止めできようか)。」とお思いになって、

「この大臣のし給ふことなれば、不便なりと見れど、
「この大臣〔時平〕のなさることだから、不都合だと思うが、

いかがすべからむ。」と嘆き給ひけるを、
どうしたらよかろうか、いや、どうにもしようがない。」と嘆いていらっしゃったところが、

なにがしの史が、「ことにも侍らず。
なんとかいう名の太政官の書記が、「なんでもないことです。

おのれ、かまへて、かの御ことをとどめ侍らむ。」
私めが、うまく工夫して、時平公のなさることを止めましょう。」

と申しければ、「いとあるまじきこと。いかにして。」
と申したので、(道真公は)「全くありえないことだ。どうやって(お止めしようとするのか)。」

などのたまはせけるを、「ただ御覧ぜよ。」とて、
などと仰せになったが、(その男は)「ただ御覧になっていてください。」と言って、

座につきてこときびしく定めののしり給ふに、
(時平公が)政務を執る陣の座に着いて厳しく議案を大声で決裁しておられるときに、

この史、文刺に文挟みて、いらなくふるまひて、
この書記官は、文挟みに書類を挟んで、わざとおおげさに振る舞って、

この大臣に奉るとて、いと高やかに鳴らして侍りけるに、
この大臣〔時平〕に差し上げようとして、(まさにそのとき)たいへん高々とおならをいたしましたところ、

大臣、文もえ取らず、手わななきて、
大臣〔時平〕は、その文書を手に取ることもできず、手をふるわせて(笑いをこらえ)、

やがて笑ひて、「今日は術なし。右大臣に任せ申す。」
そのまま笑い出して、「今日はどうにもしかたがない。右大臣〔道真〕にお任せ申す。」

とだに言ひやり給はざりければ、それにこそ、
とその言葉さえも満足に言い終えなさらなかったので、そのおかげで、

菅原の大臣、御心のままにまつりごち給ひけれ。
菅原の大臣〔道真〕が、お思いどおりに政務をご決裁になりました。

また、北野の、神にならせ給ひて、
また、北野〔道真〕が、(死後)雷神におなりになって、

いと恐ろしく雷鳴りひらめき、
とても恐ろしく雷鳴して光りきらめき、

清涼殿に落ちかかりぬと見えけるが、
清涼殿に今にも落ちかかってしまうと見えましたが、

本院の大臣、太刀を抜きさけて、
(そのとき)本院の大臣〔時平〕が、太刀を抜き放って、

「生きてもわが次にこそものし給ひしか。今日、
「存命中も(貴殿は)私の次位におられた。今日、

神となり給へりとも、この世には、我にところ置き給ふべし。
たとえ雷神とおなりになったといっても、この世においては、当然私にご遠慮なさるべきだ。

いかでか、さらではあるべきぞ。」と
どうして、そうならずにすまされようか。」と、

にらみやりてのたまひける。
雷神のほうをにらんで仰せになったのでしたよ。

一度はしづまらせ給へりけりとぞ、世の人申し侍りし。
(それで北野の雷神も)一度はお静まりになったそうだと、世の人々は申しました。

されど、それは、かの大臣のいみじうおはするにはあらず、
しかし、ひるんだと思えたのは、(実は)あの大臣〔時平〕がお偉いからではなく、

王威の限りなくおはしますによりて、
天皇の威光が限りなくあらせられるのによって、

理非を示させ給へるなり。
(道真公が、朝廷におけるきまりや官位の秩序について)道理と道理に反することとのけじめをお示しになったのです。

※ 品詞分解はこちら                                    →大鏡『時平と道真』

 

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