定期テスト対策_古典_玉勝間_口語訳&品詞分解

こんにちは。塾予備校部門枚方本校の福山です。
玉勝間の口語訳&品詞分解です。

玉勝間」は江戸時代後期、国学者の本居宣長による随筆です。
ぜひテスト対策にお役立てください。

✿ 本文:太字、現代語訳:赤字 

玉勝間「兼好法師が詞のあげつらひ」

兼好法師が徒然草に、「花は盛りに、
兼好法師の『徒然草』に、「桜の花は満開に咲いているさまだけを、

月はくまなきをのみ見るものかは。」
月は曇りなく照りわたっているさまだけを観賞するものか、いや、そうではない。」

とか言へるは、いかにぞや。いにしへの歌どもに、
とか言っているのは、どんなものだろうか。昔の歌々には、

花は盛りなる、月はくまなきを見たるよりも、
桜の花は満開なのを、月はかげりがないのを観賞した歌よりも、

花のもとには風をかこち、月の夜は雲をいとひ、
花の下では風を嘆き、月の夜には雲を嫌い、

あるは待ち惜しむ心づくしをよめるぞ多くて、
あるいは(桜の花が咲き月が出るのを)待ち、(桜の花が散り月が隠れるのを)惜しむやるせない気持ちをよんだのが多くて、

心深きもことにさる歌に多かるは、
趣が深い歌もとくにそういう歌に多いのは、

みな花は盛りをのどかに見まほしく、
人はみな桜の花は満開をのんびりと観賞したく、

月はくまなからんことを思ふ心のせちなるからこそ、
月はかげりがないということを願う心が切実であるからこそ、

さもえあらぬを嘆きたるなれ。
そうもありえないことを嘆いたのである。

いづこの歌にかは、花に風を待ち、
いったいどこの歌に、桜の花に風(が吹くの)を待ち、

月に雲を願ひたるはあらん。
月に雲(がかかるの)を願ったものがあろうか、いや、ありはしない。

さるを、かの法師が言へるごとくなるは、
それなのに、あの兼好法師が言っているようなことは、

人の心にさかひたる、のちの世のさかしら心の、
人の心情に反している、後世の利口ぶった心から発した、

つくりみやびにして、まことのみやび心にはあらず。
わざと構えた風情であって、本当の風流心ではない。

かの法師が言へることども、このたぐひ多し。
あの兼好法師が言っている言葉は、この種類のものが多い。

みな同じことなり。すべて、
みな同じことである。総じて、

なべての人の願ふ心にたがへるを、
すべての人の願う心情に反しているのを、

みやびとするは、つくりことぞ多かりける。
風流とするのは、わざと作り構えていることが多いのであるよ。

恋に、あへるを喜ぶ歌は心深からで、
恋愛において、恋人と逢ったのを喜ぶ歌は趣が深くなくて、

あはぬを嘆く歌のみ多くして、心深きも、
逢わないのを嘆く歌ばかりが多くて、趣も深いのも、

あひ見んことを願ふからなり。人の心は、
恋人と契りを結ぶことを願うからである。人の心情は、

うれしきことは、さしも深くはおぼえぬものにて、
うれしいことは、それほどにも深くは感じないものであって、

ただ心にかなはぬことぞ、
ただ自分の思うようにいかないことが、

深く身にしみてはおぼゆるわざなれば、すべて、
深く身にしみては感じられるものであるから、いったいに、

うれしきをよめる歌には、心深きは少なくて、
うれしいことをよんだ歌には、趣が深いものが少なくて、

心にかなはぬすぢを悲しみ憂へたるに、
心の満たされないことを悲しみ憂えた歌に、

あはれなるは多きぞかし。さりとて、
しみじみとした情趣があるものが多いのであるよ。だからといって、

わびしく悲しきを、みやびたりとて願はんは、
満たされず悲しいのを、風情があるといって願うとしたらそれは、

人のまことの情ならめや。
人の本心であろうか、いや、本心ではないはずである。

※ 品詞分解はこちら
玉勝間「兼好法師が詞のあげつらひ」

 

古文:現代語訳/品詞分解全てのリストはこちら⇒https://www.prep.kec.ne.jp/blog/28470

*******************
“宇宙一、キミと向き合う塾・予備校”
KEC近畿予備校・KEC近畿教育学院

<公式HP>
KEC近畿予備校・KEC近畿教育学院 公式ホームページ

<お問合せ電話番号>
0120-99-1919
*******************