定期テスト対策_古典_玉勝間_口語訳&品詞分解

こんにちは。塾予備校部門枚方本校の福山です。
玉勝間の口語訳&品詞分解です。

玉勝間」は江戸時代後期、国学者の本居宣長による随筆です。
ぜひテスト対策にお役立てください。

✿ 本文:太字、現代語訳:赤字 

玉勝間「師の説になづまざること」

おのれ古典を説くに、師の説とたがへること多く、
私が古典を解釈するときに、先生の説と違っていることが多く、

師の説のわろきことあるをば、
先生の説がよくないところもあるのを、

わきまへ言ふことも多かるを、
はっきりと違いを見分けて言うことも多いのを、

いとあるまじきことと思ふ人多かんめれど、
全くあってはならないことと思う人が多いようだが、

これすなはちわが師の心にて、常に教へられしは、
これはとりもなおさず私の先生〔賀茂真淵〕の心であって、常にお教えになったことには、

「のちによき考への出で来たらんには、
「のちによい考えが出てきたらそのときには、

必ずしも師の説にたがふとて、なはばかりそ。」となん、
先生の説と違うからといって、(誤りを直すことを)必ずしも遠慮するな。」と、

教へられし。こはいと貴き教へにて、
お教えになった。これはたいそうすぐれた教えであって、

わが師の、よにすぐれ給へる一つなり。
私の先生が、非常にすぐれていらっしゃることの一つである。

おほかた、いにしへを考ふること、
そもそも、古代について考察することは、

さらに一人二人の力もて、
決して一人二人の力でもって、

ことごとく明らめ尽くすべくもあらず。
ことごとく明らかにし尽くすことはできない。

また、よき人の説ならんからに、多くの中には、
また、たとえすぐれた人の説であっても、多くの説の中には、

誤りもなどかなからん。
誤りもどうしてないことがあろうか、いや、あるにちがいない。

必ずわろきこともまじらではえあらず。
必ずよくない説が混じらないではあり得ない。

そのおのが心には、
その(説を立てた)人自身の心には、

「今はいにしへの心ことごとく明らかなり。
「今は古代の精神はすべて明らかだ。

これをおきては、あるべくもあらず。」と、
これ以外には、真実はあるはずもない。」と、

思ひ定めたることも、思ひのほかに、
心を決めていることも、思いのほかに、

また人のことなるよき考へも出で来るわざなり。
また別の人の違ったよい説も出てくるものである。

あまたの手を経るまにまに、先々の考への上を、
多くの研究者の手を経るにつれて、以前の考察の成果を、

なほよく考へきはむるからに、
いっそうよく考え究めるため、

次々に詳しくなりもてゆくわざなれば、師の説なりとて、
次々に詳しくなっていくことであるから、先生の説だからといって、

必ずなづみ守るべきにもあらず。
必ずしもこだわり守らなければならないものではない。

よきあしきを言はず、ひたぶるに古きを守るは、
よい悪いを言わず、一途に古い説を守るのは、

学問の道には言ふかひなきわざなり。
学問の道では話にならない行為である。

また、おのが師などのわろきことを言ひ表すは、
また、自分の先生などのよくないことを言い表すのは、

いともかしこくはあれど、それも言はざれば、
たいそう恐れ多くはあるが、それも言わないでいると、

世の学者その説に惑ひて、長くよきを知る期なし。
世間の学者がその説に迷って、いつまでも正しい説を知るときがない。

師の説なりとして、わろきを知りながら、
先生の説であるからといって、よくないことを知っているのに、

言はずつつみ隠して、よさまにつくろひをらんは、
言わずに包み隠して、よいように格好をつけているようなのは、

ただ師をのみ貴みて、道をば思はざるなり。
ただ先生だけを尊重して、学問の道のことを考えないのである。

※ 品詞分解はこちら
玉勝間「師の説になづまざること」

 

*******************
“宇宙一、キミと向き合う塾・予備校”
KEC近畿予備校・KEC近畿教育学院

<公式HP>
https://www.prep.kec.ne.jp

<お問合せ電話番号>
0120-99-1919
*******************