英文法実力判定テスト for 高校2年生

皆さん、こんにちは!

KEC塾・予備校楠葉(くずは)本校の、米谷です。

もう10月だというのに昼間暑い日が続いていますね。

夜は少し肌寒いので、寒暖差で体調を崩さないようにせねば!!

さて、今日もまたまた高校2年生のご案内です。

KEC楠葉本校では高校2年生対象の英文法実力判定テストを実施いたします。

塾_予備校_楠葉_くずは_英文法実力判定テスト

実施日程は

10月24日(日) 18:00~19:00

で実施します。

また、塾生の皆様へはプリントを配布いたしますね。

受講生は全員参加となっておりますので、必ず受験しましょう!

もし当日受験できない場合は事務所に伝えにきてくださいね。

なぜこの時期に英文法のテストを行うかというと、

英単語、英文法は高2のうちに最大限終わらしてしまおうという作戦です。

KECの卒業生である、アシスタントからも、

高3で英文法に時間を割くのはもったいない!

長文問題の解きやすさが段違い!

という声もあります。

ですので、この英文法実力判定テストを受けて自分の弱点を発見して

高校3年生に上がるまでに全て克服してしまいましょう!

定期テスト対策_古典_おらが春_口語訳&品詞分解

こんにちは。塾予備校部門枚方本校の福山です。
おらが春の口語訳&品詞分解です。
江戸時代後期小林一茶の俳句俳文集です。一茶の没後25年に刊行されています。

ぜひテスト対策にお役立てください。

✿ 本文:太字、現代語訳:赤字 

おらが春「添へ乳」

去年の夏、竹植うる日のころ、
去年〔一八一八年〕の夏、竹を植える日〔五月十三日〕のころ、

憂き節しげきうき世に生まれたる娘、
つらいことの多いこの世に生まれた娘は、

おろかにしてものにさとかれとて、
(生まれたときは)おろかであっても(成長して)賢くあってほしいと思って、

名をさとと呼ぶ。今年誕生日祝ふころほひより、
名をさととつける。今年誕生日を祝うころから、

てうちてうちあはは、おつむてんてん、かぶりかぶり振りながら、
ちょうちちょうちあわわ、おつむてんてん、かぶりかぶり振りながら、

同じ子どもの風車といふものを持てるを、
同じ年格好の子供たちが風車というものを持っているのを、

しきりに欲しがりてむづかれば、とみに取らせけるを、
しきりに欲しがってむずかるので、すぐに与えたところ、

やがてむしやむしやしやぶつて捨て、
すぐにむしゃむしゃとしゃぶって捨て、

つゆほどの執念なく、ただちにほかのものに心移りて、
少しばかりの未練もなく、すぐに他のものに心が移って、

そこらにある茶碗を打ち破りつつ、
そこらにある茶碗を打ち壊したりしては、

それもただちに飽きて、障子の薄紙をめりめりむしるに、
それもすぐに飽きてしまって、障子の薄紙をめりめりとむしるので、

「よくした、よくした。」とほむれば、まことと思ひ、
「よくやった、よくやった。」とほめると、本当に(ほめられた)と思って、

きやらきやらと笑ひて、ひたむしりにむしりぬ。
きゃっきゃと笑って、めちゃめちゃにむしってしまう。

心のうち一点の塵もなく、名月のきらきらしく清く見ゆれば、
心の内は一点の汚れもなく、名月のようにきらきらと清らかに見えるので、

あとなきわざをぎ見るやうに、なかなか心の皺を伸ばしぬ。
比類ない演技を見るようで、たいそう気分が晴れてしまう。

また、人の来たりて、「わんわんはどこに。」と言へば犬に指さし、
また、人が来て、「わんわんはどこに。」と言うと犬を指さし、

「かあかあは。」と問へば烏に指さすさま、
「かあかあは(どこに)。」と尋ねると烏を指さす様子は、

口もとより爪先まで、愛敬こぼれて愛らしく、
口もとから爪先まで、愛嬌があふれてかわいらしく、

言はば春の初草に胡蝶の戯るるよりもやさしくなんおぼえ侍る。
たとえて言うなら春の若草に蝶が飛び回るよりも優美に思われます。

このをさな、仏の守りし給ひけん、逮夜の夕暮れに、
この幼子は、仏がお守りなさったのだろうか、死者の命日の前夜の夕暮れに、

持仏堂に欸燭照らして鈴打ち鳴らせば、
仏間にろうそくをともして鈴(りん)を鳴らすと、

どこにゐてもいそがはしく這ひ寄りて、
どこにいても急いで這い寄って来て、

早蕨の小さき手を合はせて「なんむなんむ。」と唱ふ声、
芽を出したばかりの蕨のような小さい手を合わせて、「なんむなんむ。」と唱える声が、

しをらしく、ゆかしく、なつかしく、殊勝なり。
かわいらしく、慕わしく、魅力的で、けなげに感じられる。

それにつけても、おのれ頭にはいくらの霜をいただき、
それにつけても、自分は頭にはたくさんの霜を載せ(たように白髪が生え)、

額にはしわしわ波の寄せ来る齢にて、
額にはしわしわと皺の波が寄せて来る(ように皺が増えた)年齢で、

弥陀頼むすべも知らで、うかうか月日を費やすこそ、
阿弥陀如来にすがる方法も知らないで、うかうかと年月をむだに過ごすのは、

二つ子の手前もはづかしけれと思ふも、
数え年二歳の子の手前も恥ずかしいことだと思うのだが、

その座を退けば、はや地獄の種をまきて、
仏前の席を離れると、早くも地獄に落ちる原因を作って、

膝にむらがる蠅を憎み、膳をめぐる蚊をそしりつつ、
膝にむらがる蠅を憎み、膳の周りを飛び回る蚊をののしって(殺して)は、

あまつさへ仏の戒めし酒を飲む。
そればかりか仏が禁じた酒を飲む。

折から門に月さして、いと涼しく、
折しも門に月光が差し込んで、たいへん涼しく、

外に童べの踊りの声のすれば、ただちに小椀投げ捨てて、
外で子供たちの盆踊りの声がすると、すぐに小椀を投げ捨て、

片ゐざりにゐざり出て、
(うまく歩けないので、)膝をついたり這ったりして(外の見えるほうに)出て、

声を上げ手まねして、うれしげなるを見るにつけつつ、
声を上げて(踊りの)手まねをして、うれしそうにしているのを見るにつけては、

いつしかかれをも振り分け髪の丈になして、
早くこの子も振り分け髪の(できる)背丈に成長させて、

踊らせて見たらんには、二十五菩薩の管弦よりも、
踊らせてみたとしたら、あの(極楽往生する人のもとに、阿弥陀如来に率いられた)二十五の菩薩の(来迎するときに奏でるという)音楽よりも、

はるかまさりて興あるわざならんと、
はるかにすぐれて興趣があることだろうと思って、

わが身に積もる老いを忘れて、憂さをなん晴らしける。
わが身に積もる老いを忘れて、憂さを晴らしたのだった。

かく日すがら、雄鹿の角のつかの間も、
このように一日中、(夏の雄鹿の角が、生え替わったばかりで短いように)ほんのわずかの(短い)間も、

手足を動かさずといふことなくて、
手足を動かさないということがなくて、

遊び疲れるものから、朝は日のたけるまで眠る。
遊び疲れるものだから、朝は日が高くなるまで眠っている。

そのうちばかり母は正月と思ひ、飯炊き、
その間だけ母は正月(のようにほっと息抜きができて気楽だ)と思い、飯を炊き、

そこら掃きかたづけて、団扇ひらひら汗を冷まして、
そのあたりを掃き片付けて、団扇をひらひら(あおいで)汗をしずめていると、

閨に泣き声のするを目の覚むる合図と定め、
寝室で泣き声がするのを(娘の)目が覚める合図と決めて、

手かしこく抱き起こして、裏の畑に尿やりて、
すばやく抱き起こして、裏の畑でおしっこをさせて、

乳房あてがへば、すはすは吸ひながら、
乳房を口に当ててやると、ごくんごくんと吸いながら、

胸板のあたりを打ちたたきて、にこにこ笑ひ顔を作るに、
(母の)胸板あたりをたたいて、にこにこと笑い顔を作るので、

母は長々胎内の苦しびも、日々襁褓の汚らしきも、
母は長い間の胎内の(この子を宿していた)苦しみも、毎日のおむつの(世話をする)汚らしいことも、

ほとほと忘れて、衣の裏の玉を得たるやうに、
すっかり忘れて、(衣の裏に縫い込まれていた)この上ない宝を得たように、

なでさすりて、ひとしほ喜ぶありさまなりけらし。
なでさすって、いっそう喜ぶ様子であるようだよ。

蚤のあと 数へながらに 添乳かな
蚤に食われた跡を数えながら、横になって乳を吸わせている
(、なんとも幸せそうでなごやかな母と娘だ)よ。

※ 品詞分解はこちら
おらが春「添へ乳」

 

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