定期テスト対策_古典_西鶴諸国ばなし_口語訳&品詞分解

こんにちは。塾予備校部門枚方本校の福山です。
西鶴諸国ばなしの口語訳&品詞分解です。

西鶴諸国ばなし」は井原西鶴による浮世草子です。
今回は後半部分です。消えた小判の行方は,,,?
ぜひテスト対策にお役立てください。

✿ 本文:太字、現代語訳:赤字 

西鶴諸国ばなし「大晦日は合はぬ算用」

あるじの申すは、「そのうち一両は、
あるじ内助が申すには、「その中の一両は、

さる方へ払ひしに、拙者の覚え違へ。」と言ふ。
ある所へ支払ったのに、私が勘違いしていた。」と(ことを穏便にすまそうと)説明する。

「ただ今まで、たしか十両見えしに、
(しかし、他の連中は)「ただ今まで、確かに十両あったのに、

めいよのことぞかし。とかくはめいめいの身晴れ。」と、
不思議なことだよ。ともかくはめいめいの潔白の証明(が肝要だ)。」と言って、

上座から帯を解けば、その次も改めける。
上座の者から帯を解くと、その次の男も衣服を脱いで調べた。

三人目にありし男、十面作つて、
三人目に座っていた男は、顔をしかめて、

ものをも言はざりしが、膝立て直し、
口もきかずにいたが、居ずまいを正して、正座して、

「浮き世には、かかる難儀もあるものかな。
「この世の中は、こういう面倒なつらいこともあるのだなあ。

それがしは、身振るふまでもなし。
私は、衣服を振って調べるまでもない。

金子一両持ち合はすこそ因果なれ。
金子一両を持ち合わせているのが身の不運のめぐりあわせだ。

思ひもよらぬことに、一命を捨つる。」と、
思いもよらぬ災難で、一命を捨てることになったよ。」と、

思ひ切つて申せば、一座口をそろへて、
覚悟のほどを顔に出して申すので、その座の者は口をそろえて、

「こなたに限らず、あさましき身なればとて、
「あなただけでなく、落ちぶれた浪人風情の我々だからといって、

小判一両持つまじきものにもあらず。」と申す。
小判一両持たぬはずでもない。」と申してなだめる。

「いかにも、この金子の出所は、
(血相を変えた男は)「いかにも、この一両の金子の出所は、

私持ち来たりたる徳乗の小柄、唐物屋十左衛門方へ、
私が長年持っていた後藤徳乗作の小柄を、唐物屋十左衛門の店へ、

一両二歩に、昨日売り候ふこと、
一両二歩で、昨日売りましたことは、

紛れはなけれども、折ふし悪し。
紛れもない事実だが、時機が悪い。

常々語り合はせたるよしみには、
常日ごろ親しく交際してきた縁によって、

生害に及びし跡にて、御尋ねあそばし、
私が自害して果てたあとで、お調べくださり、

かばねの恥を、せめては頼む。」と、
死後の汚名を、せめて晴らしてもらいたい。」と申すやいなや、

申しもあへず、革柄に手を掛くるとき、
申すやいなや、刀の革柄に手を掛けて抜こうとする(。まさにその)とき、

「小判は、これにあり。」と、
「小判は、ここにある。」と言って、

丸行灯の陰より投げ出だせば、
丸行灯のかげから一両を投げ出した(者がいた)ので、

「さては。」と事を静め、
「さては(見つかったか)。」と言って騒ぎを静め、

「ものには念を入れたるがよい。」と言ふとき、
「ものには念を入れて調べたほうがよい。」と言うとき、

内証より、内儀声を立て、
台所から、内助の妻が声を出して、

「小判は、この方へ参つた。」と、
「小判は、こちらに来ておりました。」と言って、

重箱のふたにつけて、座敷へ出だされける。
重箱のふたにつけたまま、(小判を)座敷に出された。

これは宵に、山の芋の煮しめ物を入れて出だされしが、
これは宵のうちに、山芋の煮物を入れて出されたのだが、

その湯気にて取りつきけるか。さもあるべし。
その湯気で(小判が重箱のふたに)くっついたのか。そういうこともあろう。

これでは小判十一両になりける。
これでは小判は十一両になってしまった。

いづれも申されしは、「この金子、
客人皆が申しなさるには、「この金子は、

ひたもの数多くなること、めでたし。」と言ふ
どんどん数多くなることは、めでたいことだ。」と言う。

亭主申すは、
亭主内助は(そうとばかりは言ってはいられないと)申すことには、

「九両の小判、十両の詮議するに、
「九両の小判が、十両(の総額と合わぬ算用)の詮議をしているうちに、

十一両になること、座中金子を持ち合はせられ、
十一両になった。これは、一座の中で金子をお持ち合わせ(の方がおられ)て、

最前の難儀を救はんために、
さきほどの難渋を救おうとして、

御出だしありしは疑ひなし。
(自分の小判を)お出しになったのは間違いない。

この一両、わが方に納むべき用なし。
この一両は、私の方に納めるべきいわれはない。

御主へ返したし。」ときくに、
持ち主のお方に返却したい。」と客に聞くが、

たれ返事のしてもなく、一座異なものになりて、
誰一人として名のり出る者もなく、一座の空気は妙にしらけてしまって、

夜更鶏も鳴く時なれども、
夜更鶏も鳴く真夜中過ぎになっても、

おのおの立ちかねられしに、「このうへは、
皆何となく立つに立たれぬありさまであった。そこで、(一人が)「こうなった以上は、

亭主が所存のとほりに、あそばされて給はれ。」
主人の考えどおりに、お取りはからいいただきたい。」

と願ひしに、「とかく、あるじの心任せに。」
と願ったところ、(皆も)「ともかくも、ご主人の判断に一任(いたしましょう)。」

と申されければ、かの小判を一升桝に入れて、
と申しなさったので、(内助は)問題の小判を一升桝に入れて、

庭の手水鉢の上に置きて、「どなたにても、
庭の手洗い水を入れる鉢の上に置いて、「どなたでも、

この金子の主、取らせられて、御帰り給はれ。」
この金子の持ち主が、お取りになって、お帰りいただきたい。」

と、御客一人づつ立たしまして、
と言って、お客が一人ずつお立ちになって、

一度一度に戸をさしこめて、
一度ごとに戸を閉めて、

七人を七度に出だして、そののち内助は、
七人を七度に分けて帰して、そのあと内助は、

手燭ともして見るに、たれとも知れず取つて帰りぬ。
手燭をともして(桝の中を)見ると、誰とも知れず持ち帰っていた。

あるじ即座の分別、座慣れたる客のしこなし、
亭主内助の即座の工夫、座慣れした客人たちの振る舞い、

かれこれ武士のつきあひ、各別ぞかし。
いずれも武士の交際というものは、格別見事なものであったよ。

※ 品詞分解はこちら
西鶴諸国ばなし「大晦日は合はぬ算用」(後半)

 

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定期テスト対策_古典_西鶴諸国ばなし_口語訳&品詞分解

こんにちは。塾予備校部門枚方本校の福山です。
西鶴諸国ばなしの口語訳&品詞分解です。

西鶴諸国ばなし」は井原西鶴による浮世草子です。
今回は前半部分です。ぜひテスト対策にお役立てください。

✿ 本文:太字、現代語訳:赤字 

西鶴諸国ばなし「大晦日は合はぬ算用」

榧・かち栗・神の松・やま草の売り声もせはしく、
榧の実、かち栗、神棚に飾る松の小枝、正月用の裏白の売り声も忙しく、

餅つく宿の隣に、煤をも払はず、
餅つきをする家々の隣に(餅もつかず)、(年末恒例の)煤払いもせず、

二十八日まで髭もそらず、
二十八日まで髭も剃らず、

朱鞘の反りを返して、
朱塗りの鞘の反りを返して(切るぞという風情よろしく)、

「春まで待てと言ふに、是非に待たぬか。」と、
「(支払いは)春まで待てと言うのに、どうしても待てないのか。」と言って、

米屋の若い者をにらみつけて、
(掛け取りに来た)米屋の若い手代をにらみつけて(追い返し)、

直なる今の世を横に渡る男あり。
(万事)まっすぐに正しく行われている今の世を横車を押して渡る男がいた。

名は原田内助と申して、隠れもなき浪人。
名は原田内助と申して、名の知れわたった浪人。

広き江戸にさへ住みかね、この四、五年、
広い江戸市中にさえ住みにくくなり、この四、五年は、

品川の藤茶屋のあたりに棚借りて、
品川の藤茶屋のあたりに借家住まいをして、

朝の薪にことを欠き、夕べの油火をも見ず。
朝の炊事の薪にも不自由し、夜の灯火の灯油も買えず、明かりがともせない。

これはかなしき年の暮れに、
こんな貧乏のどん底で迎えた年の暮れに、

女房の兄、半井清庵と申して、
妻の兄に、半井清庵と申して、

神田の明神の横町に、薬師あり。
神田明神の横町に、医者がいた(のを頼ることにした)。

このもとへ無心の状をつかはしけるに、
この医者のところに借金を頼む手紙をやったところ、

たびたび迷惑ながら見捨てがたく、
たびたびのことで迷惑だったが見捨てるわけにもいかず、

金子十両包みて、上書に「貧病の妙薬、
小判十枚を(紙に)包んで、上書きとして、「貧病の妙薬、

金用丸、よろづによし。」と記して、
金用丸、万病に効く。」と(薬袋の表書きをもじって)書きつけて、

内儀の方へおくられける。
(内助へではなく)内助の妻あてにお送りになった。

内助喜び、日ごろ別して語る浪人仲間へ、
内助は喜び、常々格別に仲よく交際している浪人仲間へ、

「酒一つ盛らん。」と呼びにつかはし、
「酒を一献差し上げよう。」と呼びにやり、

さいはひ雪の夜のおもしろさ、
さいわいその夜は風情を増す雪の夜、

今までは崩れ次第の柴の戸を開けて、
これまでは崩れたままの柴の戸を開けて、

「さあ、これへ。」と言ふ。
(内助は客人を)「さあ、これへ(お入りください)。」と招き入れる。

以上七人の客、いづれも紙子の袖をつらね、
総勢七人の客は、皆々(安物の防寒具の)紙子の袖をつらね、

時ならぬ一重羽織、どこやら昔を忘れず。
冬の季節には合わない一重羽織(の姿だが)、どことなく昔(の仕官していたころの面影)を忘れない(律儀な身なりである)。

常の礼儀過ぎてから、亭主まかり出でて、
型どおりの挨拶がすんでから、亭主があらためて席に出て参って、

「私、仕合はせの合力を請けて、
「私は、運のよい援助を受けて、

思ひままの正月をつかまつる。」と申せば、
思いのままのよい正月をいたします。」と申すと、

おのおの、「それは、あやかりもの。」と言ふ。
客人たちはめいめい、「それは、(我々もそれに)あやかりたい果報。」とうらやましがる。

「それにつき、上書に一作あり。」と、
(内助は)「それについて、金包みの上書きにおもしろい趣向がしてある。」と言って、

くだんの小判を出だせば、
例の小判の包みを披露すると、

「さても軽口なる御事。」と見て回せば、
「さてさてお上手な洒落だ。」と言って(皆が)回覧するうち、

盃も数重なりて、「よい年忘れ、
盃の数も重なって(宴も終わりに近く)、「気持ちよい年忘れの会で、

ことに長座。」と、千秋楽を謡ひ出し、
ことのほかに長居しました。」と、宴を辞する挨拶を始め、

燗鍋・塩辛壺を手ぐりにしてあげさせ、
燗鍋や塩辛の壺を手渡しして片づけさせ、

「小判もまづ、御しまひ候へ。」と集むるに、
「小判もまずは、おしまいください。」と言って集めてみると、

十両ありしうち、一両足らず。
十両あったうち、一両が足りない。

座中居直り、袖など振るひ、
一座の人々は居ずまいを正し、袖を振るってみたり、

前後を見れども、いよいよないに極まりける。
前後まわりを見て調べたりしたが、いよいよどこにもないという結論になった。

※ 品詞分解はこちら
西鶴諸国ばなし「大晦日は合はぬ算用」(前半)

 

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定期テスト対策_古典_去来抄_口語訳&品詞分解

こんにちは。塾予備校部門枚方本校の福山です。
去来抄の口語訳&品詞分解です。

「去来抄」は向井去来による江戸時代中期の俳論書です。
ぜひテスト対策にお役立てください。

✿ 本文:太字、現代語訳:赤字 

先師いはく、「発句は
先生がおっしゃるには、「発句は

頭よりすらすらと言ひ下し来たるを上品とす。」
十七字の最初からすらすらとよみ下して来るのを一級品とする。」と。

洒堂いはく、「先師、
洒堂が言うには、「先生は、

『発句は、なんぢがごとく、
『発句は、おまえのように、

二つ三つ取り集めするものにあらず。
(性質の違う素材を)二つも三つも取り合わせて作るものではない。

こがねを打ち延べたるがごとく
黄金を打ち延べたように

なるべし。』となり。」
(一つのことを途切れなく展開させて)作らなければならない。』というお言葉です。」と。

先師いはく、
先生がおっしゃるには、

「発句はものを合はすれば出来せり。
「発句は素材を取り合わせるとできあがってしまう。

そのよく取り合はするを上手といひ、
そのように巧みに取り合わせるのを上手といい、

あしきを下手といふ。」許六いはく、
まずく取り合わせるのを下手という。」と。許六が言うには、

「発句は取り合はせものなり。先師いはく、
「発句は(素材と素材を)取り合わせるものである。先生がおっしゃるには、

『これほどしよきことのあるを人は知らず。』
『これほど作りやすい方法があるのを人は知らない。』

となり。」去来いはく、
というお言葉です。」と。私去来が言うには、

「ものを取り合はせて作するときは、
「素材を取り合わせて(句を)作るときは、

句多く吟速やかなり。
句も多く(できるし、)句を作るのも速やかである。

初学の人、これを思ふべし。
俳諧を始めたばかりの人は、この方法を考え(て句を作)るのがよい。

功成るに及んでは、取り合はす、
上達するに及んでは、(素材を)取り合わせるか、

取り合はせざるの論にあらず。」
取り合わせないかの問題ではない。」と。

※ 品詞分解はこちら
去来抄「発句論」

 

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定期テスト対策_古典_去来抄_口語訳&品詞分解

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去来抄の口語訳&品詞分解です。

「去来抄」は向井去来による江戸時代中期の俳論書です。
ぜひテスト対策にお役立てください。

✿ 本文:太字、現代語訳:赤字 

去来抄「下京や」

下京や雪つむ上の夜の雨   凡兆
(京の下町、下京では、しばらく前から降り積もった雪が、家々町々を白く覆っている。そこに今夜は気温も上がり、雨がやわらかに降っていて、)雪の上の夜の雨という風情が、下京の雰囲気に何ともぴったりに感じられることだ。

この句、はじめに冠なし。
この句は、当初初句がなかった。

先師をはじめいろいろと置き侍りて、
先生をはじめ門下の皆々もいろいろと初句を置きまして、

この冠にきはめ給ふ。
(先生が)この「下京や」の初句にお定めになった。

凡兆「あ。」と答へて、いまだ落ち着かず。
凡兆は「はあ。」と答えて、まだ納得のいかない様子である。

先師いはく、「兆、
先生のおっしゃるには、「凡兆よ、

なんぢ手柄にこの冠を置くべし。
おまえは立派な仕事としてこの初句をつけよ。

もしまさるものあらば、
もしこれ以上の句があるなら、

我ふたたび俳諧を言ふべからず。」となり。
私は二度と俳諧を口にしないつもりだ。」とのお言葉だった。

去来いはく、「この五文字のよきことは、
去来の言うには、「この初句のすぐれていることは、

たれたれも知り侍れど、このほかにあるまじとは、
誰もみなわかっていますが、これ以外にないだろうとは、

いかでか知り侍らん。
どうしてわかりましょうか、いや、わからないでしょう。

このこと、他門の人聞き侍らば、
このように議論して定めたことを、他門の人が聞きましたら、

腹いたくいくつも冠置かるべし。
笑止千万に思っていくつもの初句を置かれるだろう。

そのよしと置かるるものは、
他門の人がこれでよいとしてお置きになった句は、

またこなたにはをかしかりなんと、思ひ侍るなり。」
また我々にはきっと変にちがいないと、思うことでしょう。」

※ 品詞分解はこちら
去来抄「下京や」

 

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定期テスト対策_古典_去来抄_口語訳&品詞分解

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去来抄の口語訳&品詞分解です。

「去来抄」は向井去来による江戸時代中期の俳論書です。
ぜひテスト対策にお役立てください。

✿ 本文:太字、現代語訳:赤字 

去来抄「行く春を」

行く春を 近江の人と 惜しみけり  芭蕉
(古来多くの人々がこの琵琶湖で春の過ぎ去るのを惜しんできたのだが、私もこの湖にいておぼろに霞む景色を眺めては、)春の去るのを、近江の親しい人々と惜しんだことだよ。

先師いはく、「尚白が難に、『近江は丹波にも、
先生がおっしゃるには、「尚白の批判に、『この句の近江は丹波にも、

行く春は行く年にもふるべし。』と言へり。
行く春は行く年にも置き換えられる。』と言っている。

なんぢ、いかが聞き侍るや。」
おまえは、これをどのように聞きましたか。」

去来いはく、「尚白が難、あたらず。
私去来が申すには、「尚白の非難は、正しくありません。

湖水朦朧として春を惜しむにたよりあるべし。
琵琶湖の水面がぼうっと霞んでいて、春を惜しむ心の生まれるのによりどころがあるでしょう。

ことに今日の上に侍る。」と申す。
とくに先生が眼前の景色を見たうえでの今の実感をおよみになったものです。(絶対に一語も動かせません。)」と申した。

先師いはく、「しかり。
先生がおっしゃるには、「そうだよ。

古人もこの国に春を愛すること、
昔の歌人たちもこの近江の国で春の風光を愛したことは、

をさをさ都に劣らざるものを。」
都の人が都の春を愛するのと少しも劣らなかったのになあ。」と。

去来いはく、「この一言心に徹す。
私が申すに、「今の先生の一言は深く心に感銘を与えました。

行く年近江にゐ給はば、
先生が年末に近江にいらっしゃったなら、

いかでかこの感ましまさん。
寒々とした風景に、どうしてこのような感興がお起こりになりましょうか、いや、起こりはしなかったでしょう。

行く春丹波にいまさば、
春の終わりに丹波の山里にいらっしゃったなら、

もとよりこの情浮かぶまじ。
厳しい山の風土に、惜春ののびやかな感情はもちろん浮かばないでしょう。

風光の、人を感動せしむること、
(時と場所に合った)美しい風景が、人を感動させることは、

まことなるかな。」と申す。
(古来多いことですが、)本当なのですね。」と申した。

先師いはく、「なんぢは、去来、
先生がおっしゃるには、「去来よ、おまえは、

ともに風雅を語るべき者なり。」と、
一緒に俳諧について話すに足る者だよ。」とおっしゃって、

ことさらに喜び給ひけり。
格別にお喜びになったのだった。

※ 品詞分解はこちら
去来抄「行く春を」

 

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定期テスト対策_古典_玉勝間_口語訳&品詞分解

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玉勝間の口語訳&品詞分解です。

玉勝間」は江戸時代後期、国学者の本居宣長による随筆です。
ぜひテスト対策にお役立てください。

✿ 本文:太字、現代語訳:赤字 

玉勝間「兼好法師が詞のあげつらひ」

兼好法師が徒然草に、「花は盛りに、
兼好法師の『徒然草』に、「桜の花は満開に咲いているさまだけを、

月はくまなきをのみ見るものかは。」
月は曇りなく照りわたっているさまだけを観賞するものか、いや、そうではない。」

とか言へるは、いかにぞや。いにしへの歌どもに、
とか言っているのは、どんなものだろうか。昔の歌々には、

花は盛りなる、月はくまなきを見たるよりも、
桜の花は満開なのを、月はかげりがないのを観賞した歌よりも、

花のもとには風をかこち、月の夜は雲をいとひ、
花の下では風を嘆き、月の夜には雲を嫌い、

あるは待ち惜しむ心づくしをよめるぞ多くて、
あるいは(桜の花が咲き月が出るのを)待ち、(桜の花が散り月が隠れるのを)惜しむやるせない気持ちをよんだのが多くて、

心深きもことにさる歌に多かるは、
趣が深い歌もとくにそういう歌に多いのは、

みな花は盛りをのどかに見まほしく、
人はみな桜の花は満開をのんびりと観賞したく、

月はくまなからんことを思ふ心のせちなるからこそ、
月はかげりがないということを願う心が切実であるからこそ、

さもえあらぬを嘆きたるなれ。
そうもありえないことを嘆いたのである。

いづこの歌にかは、花に風を待ち、
いったいどこの歌に、桜の花に風(が吹くの)を待ち、

月に雲を願ひたるはあらん。
月に雲(がかかるの)を願ったものがあろうか、いや、ありはしない。

さるを、かの法師が言へるごとくなるは、
それなのに、あの兼好法師が言っているようなことは、

人の心にさかひたる、のちの世のさかしら心の、
人の心情に反している、後世の利口ぶった心から発した、

つくりみやびにして、まことのみやび心にはあらず。
わざと構えた風情であって、本当の風流心ではない。

かの法師が言へることども、このたぐひ多し。
あの兼好法師が言っている言葉は、この種類のものが多い。

みな同じことなり。すべて、
みな同じことである。総じて、

なべての人の願ふ心にたがへるを、
すべての人の願う心情に反しているのを、

みやびとするは、つくりことぞ多かりける。
風流とするのは、わざと作り構えていることが多いのであるよ。

恋に、あへるを喜ぶ歌は心深からで、
恋愛において、恋人と逢ったのを喜ぶ歌は趣が深くなくて、

あはぬを嘆く歌のみ多くして、心深きも、
逢わないのを嘆く歌ばかりが多くて、趣も深いのも、

あひ見んことを願ふからなり。人の心は、
恋人と契りを結ぶことを願うからである。人の心情は、

うれしきことは、さしも深くはおぼえぬものにて、
うれしいことは、それほどにも深くは感じないものであって、

ただ心にかなはぬことぞ、
ただ自分の思うようにいかないことが、

深く身にしみてはおぼゆるわざなれば、すべて、
深く身にしみては感じられるものであるから、いったいに、

うれしきをよめる歌には、心深きは少なくて、
うれしいことをよんだ歌には、趣が深いものが少なくて、

心にかなはぬすぢを悲しみ憂へたるに、
心の満たされないことを悲しみ憂えた歌に、

あはれなるは多きぞかし。さりとて、
しみじみとした情趣があるものが多いのであるよ。だからといって、

わびしく悲しきを、みやびたりとて願はんは、
満たされず悲しいのを、風情があるといって願うとしたらそれは、

人のまことの情ならめや。
人の本心であろうか、いや、本心ではないはずである。

※ 品詞分解はこちら
玉勝間「兼好法師が詞のあげつらひ」

 

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定期テスト対策_古典_玉勝間_口語訳&品詞分解

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玉勝間の口語訳&品詞分解です。

玉勝間」は江戸時代後期、国学者の本居宣長による随筆です。
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玉勝間「師の説になづまざること」

おのれ古典を説くに、師の説とたがへること多く、
私が古典を解釈するときに、先生の説と違っていることが多く、

師の説のわろきことあるをば、
先生の説がよくないところもあるのを、

わきまへ言ふことも多かるを、
はっきりと違いを見分けて言うことも多いのを、

いとあるまじきことと思ふ人多かんめれど、
全くあってはならないことと思う人が多いようだが、

これすなはちわが師の心にて、常に教へられしは、
これはとりもなおさず私の先生〔賀茂真淵〕の心であって、常にお教えになったことには、

「のちによき考への出で来たらんには、
「のちによい考えが出てきたらそのときには、

必ずしも師の説にたがふとて、なはばかりそ。」となん、
先生の説と違うからといって、(誤りを直すことを)必ずしも遠慮するな。」と、

教へられし。こはいと貴き教へにて、
お教えになった。これはたいそうすぐれた教えであって、

わが師の、よにすぐれ給へる一つなり。
私の先生が、非常にすぐれていらっしゃることの一つである。

おほかた、いにしへを考ふること、
そもそも、古代について考察することは、

さらに一人二人の力もて、
決して一人二人の力でもって、

ことごとく明らめ尽くすべくもあらず。
ことごとく明らかにし尽くすことはできない。

また、よき人の説ならんからに、多くの中には、
また、たとえすぐれた人の説であっても、多くの説の中には、

誤りもなどかなからん。
誤りもどうしてないことがあろうか、いや、あるにちがいない。

必ずわろきこともまじらではえあらず。
必ずよくない説が混じらないではあり得ない。

そのおのが心には、
その(説を立てた)人自身の心には、

「今はいにしへの心ことごとく明らかなり。
「今は古代の精神はすべて明らかだ。

これをおきては、あるべくもあらず。」と、
これ以外には、真実はあるはずもない。」と、

思ひ定めたることも、思ひのほかに、
心を決めていることも、思いのほかに、

また人のことなるよき考へも出で来るわざなり。
また別の人の違ったよい説も出てくるものである。

あまたの手を経るまにまに、先々の考への上を、
多くの研究者の手を経るにつれて、以前の考察の成果を、

なほよく考へきはむるからに、
いっそうよく考え究めるため、

次々に詳しくなりもてゆくわざなれば、師の説なりとて、
次々に詳しくなっていくことであるから、先生の説だからといって、

必ずなづみ守るべきにもあらず。
必ずしもこだわり守らなければならないものではない。

よきあしきを言はず、ひたぶるに古きを守るは、
よい悪いを言わず、一途に古い説を守るのは、

学問の道には言ふかひなきわざなり。
学問の道では話にならない行為である。

また、おのが師などのわろきことを言ひ表すは、
また、自分の先生などのよくないことを言い表すのは、

いともかしこくはあれど、それも言はざれば、
たいそう恐れ多くはあるが、それも言わないでいると、

世の学者その説に惑ひて、長くよきを知る期なし。
世間の学者がその説に迷って、いつまでも正しい説を知るときがない。

師の説なりとして、わろきを知りながら、
先生の説であるからといって、よくないことを知っているのに、

言はずつつみ隠して、よさまにつくろひをらんは、
言わずに包み隠して、よいように格好をつけているようなのは、

ただ師をのみ貴みて、道をば思はざるなり。
ただ先生だけを尊重して、学問の道のことを考えないのである。

※ 品詞分解はこちら
玉勝間「師の説になづまざること」

 

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定期テスト対策_古典_風姿花伝_口語訳&品詞分解

こんにちは。塾予備校部門枚方本校の福山です。
風姿花伝の口語訳&品詞分解です。

風姿花伝」は能の大成者世阿弥による能楽書です。
父観阿弥の教えに基づいて記されています。
ぜひテスト対策にお役立てください。

✿ 本文:太字、現代語訳:赤字 

風姿花伝

七歳

一、この芸において、おほかた、七歳をもて初めとす。
一、この申楽の能の芸においては、通常、七歳をもって稽古の初めとする。

このころの能の稽古、必ず、
この年頃の能の稽古は、必ず、

そのもの自然とし出だすことに、得たる風体あるべし。
本人がたくまずに演じるしぐさに、生まれつき身についた芸風があるはずである。

舞・働きの間、音曲、
舞や所作の中、謡の中(はもとより)、

もしくは怒れることなどにてもあれ、
あるいは怒り狂う演技の中などであっても、

ふとし出ださんかかりを、うち任せて、
自然にやり出すような趣のある姿を、干渉せずに、

心のままにせさすべし。
(当人の)自由にやらせるのがよい。

さのみに、よきあしきとは教ふべからず。
あまりに(細かく)、よい・悪いと教えないほうがよい。

あまりにいたく諫むれば、童は気を失ひて、
あまりに厳しく注意を与えると、きまって子供はやる気をなくして、

能、ものくさくなりたちぬれば、やがて能はとまるなり。
能に、嫌気がさしてきてしまうので、そのまま能の進歩・上達は止まるのである。

十二、三より

この年のころよりは、はや、やうやう声も調子にかかり、
この十二、三歳のころからは、もう、だんだんと声も音階に合うようになり、

能も心づくころなれば、次第次第に物数をも教ふべし。
能もわかってくるころであるから、順を追って能の技術や曲目の数々も教えるのがよい。

まづ、童形なれば、何としたるも幽玄なり。
まず、(この時期は)稚児姿だから、どんな演じ方をしても優雅で美しい。

声も立つころなり。二つのたよりあれば、
声も引き立つ年頃である。(姿と声と)この二つの利点があるから、

わろきことは隠れ、よきことはいよいよ花めけり。
欠点は隠れ、長所はいっそう美しく引き立っている。

おほかた、児の申楽に、
一般的には、元服前の少年の演ずる申楽に、

さのみに細かなる物まねなどは、せさすべからず。
それほどに細かい演技などは、させないほうがよい。

当座も似合はず、能も上がらぬ相なり。
その場そのときの見た目にも似合わないし、能も上達しない結果になることが目に見えているのである。

二十四、五

このころ、一期の芸能の定まる初めなり。
この二十四、五歳のころは、一生を貫く芸能が確立する第一歩である。

さるほどに、稽古の境なり。
だから、稽古に専心する方向へ転ずる時である。

声もすでに直り、体も定まる時分なり。
(十七、八歳の変声期の)声もすっかり回復し、体も大人の体に固まる時分である。

されば、この道に二つの果報あり。
さて、この芸能の道に(携わる上で)二つの恵みがある。

声と身なりなり。これ二つは、この時分に定まるなり。
声と体つきである。この二つは、この時分に決まるものである。

年盛りに向かふ芸能の生ずるところなり。
壮年に向かっての芸能が生まれる基盤である。

さるほどに、よそ目にも、すは、
だから、観客の目にも、「さあ、

上手出で来たりとて、人も目に立つるなり。
上手が出現した。」ということで、人も注目するのである。

もと名人などなれども、当座の花に珍しくして、
(競演する場合相手がたとえ)かつての名人などであっても、その場だけの一時的な魅力のために新鮮で、

立合勝負にも、いつたん勝つときは、
競演にも、ひとたび勝つとなるとそのときは、

人も思ひ上げ、主も上手と思ひしむるなり。
世人も実力以上に高く評価し、本人も「自分は上手なのだ。」と思い込んでしまうものである。

これ、返す返す、主のため仇なり。
これは、本当に、当人のために害になるものである。

これも、まことの花にはあらず。
こんなものは、真実の魅力ではない。

年の盛りと、見る人のいつたんの心の珍しき花なり。
年齢的に最高のときと、観客の一時的に感じる珍しい魅力にすぎないのである。

まことの目利きは見分くべし。
本当に批判力をもつ人は(真実の魅力とそうでないものとを)当然見分けるはずである。

このころの花こそ、初心と申すころなるを、
この時期の魅力は、未熟な初心と申す段階であるのに、

きはめたるやうに主の思ひて、はや申楽に側みたる輪説とし、
奥義をきわめたように当人がうぬぼれて、早くも申楽の正道を外れた勝手な言動をし、

至りたる風体をすること、あさましきことなり。
極意をきわめた(達人気取りの)演じ方をすることは、あきれ果てたことである。

たとひ、人もほめ、名人などに勝つとも、
たとえ、人も褒め、(競演で)名人などに勝っても、

これはいつたん珍しき花なりと思ひ悟りて、
これは一時的な珍しさの魅力であるとわきまえて、

いよいよ物まねをもすぐにし定め、
いっそう演技を確実に体得し、

名を得たらん人にことを細かに問ひて、
名人の名を得ているような人にこと細かに問うて、

稽古をいやましにすべし。
稽古をますます重ねるのがよい。

※ 品詞分解はこちら
風姿花伝

 

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定期テスト対策_古典_しのびね物語_口語訳&品詞分解

こんにちは。塾予備校部門枚方本校の福山です。
しのびね物語の口語訳&品詞分解です。

しのびね物語」は鎌倉前期の擬古物語です。
前回はひそかに出家を決意した中納言が、姫君に別れを告げに行ったのですが、どこかに行くなら自分もつれていけと泣いてすがる姫君をなだめている間に、夜が明けてしまったという場面でした。
ぜひテスト対策にお役立てください。

✿ 本文:太字、現代語訳:赤字 

しのびね物語『偽りの別れ』

「はしたなくならぬほどに出で侍りて、
「(夜が明けて人に見とがめられて)みっともなくならないうちに(ここを)出まして、

暮れはとく御迎へに参らん。たとへ具し奉るとも、
夕暮れは早くお迎えに参ろう。たとえ(あなたを)お連れ申し上げるとしても、

明かくなればいと見苦しからん。またさりとて、
明るくなるとたいそうみっともないだろう。またそうかといって、

このままあるべきならず。さやうに用意して待ち給へ。」と、
このまま(私がここに)いるのもよくない。抜け出すように準備してお待ちなさい。」と、

まことしく言ひ教へて出で給ふ。
真実らしく言って教えて(中納言は部屋を)お出になる。

馬道まで姫君送り給ふに、心強くは出で給へども、
馬道まで姫君が送りなさるが、(中納言は)気を強く持って(部屋を)お出になるものの、

これを限りとおぼせば、有明月くまなきに、
これが最後とお思いになると、有明の月が曇りなく照らすもとに、

立ちとどまり、「暮れはとく御迎ひに参らんよ。」とて、
立ちとどまり、「夕暮れには早くお迎えに参るつもりだよ。」と言って、

御顔をつくづくと見給へば、いみじう泣きはれたる御顔の、
(姫君の)お顔をつくづくと御覧になると、ひどく泣きはれているお顔は、

いよいよ光るやうに白くうつくしければ、御髪をかきやりて、
ますます(月明かりに)輝くように白く美しいので、(中納言は姫君の)御髪をかきなでて、

「かくもの思はせ奉るべき身となりけん宿世こそ心憂けれ。
「(あなたに)こんなにもの思いをおさせ申し上げなければならない身となった前世からの因縁がとてもつらいことだ。

いかなる昔の契りにて、身もいたづらになりぬる。」
どのような前世からの宿縁によって、わが身もむなしくなってしまうのか。」

などかきくどきつつ、出で給ふ。
などと繰り返し嘆き、出て行かれる。

涙にくれて、さらにいづくへ行くともおぼえ給はず。
(中納言は)涙にくれて、全くどこへ行くともおわかりにならない。

姫君は、この暮れにはとおぼして待ち給ひける、
姫君は、今日の夕暮れには(迎えに来てくださる)とお思いになってお待ちになった、

御心のうちぞはかなかりける。中納言、殿へ参り給へば、
お心のうちはむなしいことであったよ。中納言は、父内大臣邸に参上なさると、

いつよりもはなやかにひきつくろひ給へるを、
いつもよりも華やかに身なりを整えていらっしゃるのを、

殿・母上は、いとうつくしとおぼしたり。
父内大臣殿と母上は、とても立派だとお思いになっている。

親たちに見え奉らんも、ただ今ばかりぞかし、
両親にお目にかかるようなことも、ただもう今だけだよ、

もの思はせ奉らんことの罪深く、いと恐ろしけれど、
(両親を)悲しませ申し上げることが罪深く、たいへん恐ろしいが、

まことの道に入りなば、つひには助け奉らんと、
(自分が)仏道に入ったなら、最後にはお助け申し上げることになるだろうと、

心強くおぼし返す。
(中納言は)心強く思い返しなさる。

若君の、何心なく走りありき給ふぞ、
若君が、無心に走り回っていらっしゃるのが、

目もくれてかなしくおぼさるる。
(涙で)目の前も暗くなって悲しく思われなさる。

わが方へおはして、御身のしたためよくして、
(中納言は)自分の部屋にお入りになって、ご自身の(出家への)準備をよく整えて、

姫君の御方への文書き給ふに、涙のこぼれ出でて、
姫君の御方への手紙をお書きになるが、涙がこぼれ出て、

文字も見えず。
(書いている)文字もよく見えないほどである。

※ 品詞分解はこちら
しのびね物語「偽りの別れ」(後半)

 

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定期テスト対策_古典_しのびね物語_口語訳&品詞分解

こんにちは。塾予備校部門枚方本校の福山です。
しのびね物語の口語訳&品詞分解です。

しのびね物語」は鎌倉前期の擬古物語です。
長いので前後半に分けます。
ぜひテスト対策にお役立てください。

✿ 本文:太字、現代語訳:赤字 

しのびね物語『偽りの別れ』

さて、殿へおはして、ことさらひきつくろひ、
さて、(中納言は)父内大臣の邸へいらっしゃって、格別に身なりを整え、

はなやかに御装束し給ひて、いまひとたび、上をも、
美しく装いなさって、もう一度、帝をも、

またさらぬ人々をも見奉らんとおぼして、参り給へば、
またそれ以外の人々をも拝見したいとお思いになって、参内なさると、

ただ今ばかりと思ふに、涙の落つるを紛らはしつつ、
(帝にお目にかかるのも)もう今だけだと思うと、涙がこぼれるのを紛らわし紛らわして、

候ひ給へば、上は御覧じて、
お控えなさっていると、帝は(中納言を)御覧になって、

「尽きせぬもの思はしさのみこそ心苦しけれ。」
「尽きることのないもの思いをしてばかりいる様子は見ていてつらいことだ。」

と仰せらるれば、「しばしものへ詣づることの侍れば、
「しばらく寺へ詣でることがありますので(都を離れますが)、

やがて帰り侍らん。」と奏し給ふ。
すぐに帰って来ましょう。」と奏上なさる。

「いづくぞ、うらやましくこそ。」とのたまはすれば、
(帝は)「どこへ行くのだ、羨ましいね。」とおっしゃるので、

「鞍馬の方へ。」と奏して、あまり忍びがたければ、
「鞍馬のほうへ。」と申し上げて、あまりにも(涙が)こらえがたかったので、

紛らはしつつ立ち給ふ。上は御覧じて、
紛らわしながらお立ちになる。帝は(中納言を)御覧になって、

「さらば、とく。」と仰せらるるに、
「そういうことならば、早く(戻って参れ)。」とおっしゃるが、

長き別れとしろしめされぬぞ、あはれなる。
(中納言との)永遠の別れとご存じないことが、しみじみと悲しい。

馬道にたたずみ暮らして、かの御局へ紛れ入り給ふ。
馬道にたたずんで日が暮れるまで過ごして、姫君のいるお部屋へ人目につかないようにお入りになる。

世の常の中だにも、別れはかなしかるべきを、
普通の男女さえも、別れは悲しくて当然なのに、

なかなか目もくれて、ものもおぼえず。
(まして姫君との仲は特別な関係であるから、対面すると)かえって目の前が真っ暗になって、どうしてよいかわからない。

「ただ候ひつき給へ。野山の末にても、
「(あなたは)ただいつも帝にお仕えなさいませ。野山の果てにでも、

かやうにて候ひ給ふと聞かば、いとうれしかるべし。
(あなたが)このように帝にお仕えなさっていると聞くならば、(私は)とてもうれしく思うにちがいない。

いかなる方へあくがれ出で給ふとも、
どのような所へ心がさまよい出られたとしても、

女は身を心にまかせぬものにて、
女というものはわが身を思うにまかせないものであって、

思ひのほかなることもまたあらば、いと本意なかるべし。
思いがけないことでもまた生じたならば、全く不本意であろう。

御心となびき奉り給ふと思はばこそ、
(あなたが)ご自分から進んで(帝に)心をお寄せ申し上げなさると思ったら、

恨みもあらめ。
恨みもあろうが(、そうではないので恨みはない)。

今よりは、吾子がことをこそおぼさめ。
今からは、(二人の間に生まれた)わが子のことをお考えになるのがよい。

おとなしくもならば、殿もわが代はりとおぼして、
成長したら、父内大臣も私の代わりとお思いになって、

宮仕ひに出だし立て給はんずらん。さやうのときは、
宮中に出仕させようとなさるだろう。そのようなときは、

御覧じも、または見奉ることもあるべし。
(あなたが若君を)御覧になることも、または(若君があなたを)拝見することもあるだろう。

わが身こそ、ただ今よりほかは、
私自身は、たった今からのちは、

夢ならずして見え奉らじ。」とて、
夢でなくては(あなたに)お目にかかるまい。」と言って、

さめざめと泣き給へば、姫君は、
さめざめとお泣きになるので、姫君は、

「ただいづくまでも、もろともに具しておはせよ。
「ただどこまでも、一緒に連れてお行きなさいませ。

さらに残りとどまらじ。おくらかし給はんが心憂きこと。」
決して(ここに)残りとどまりません。(私をここに)置き去りになさるとはつらいこと。」

と慕ひ給へば、かくてはかなはじとおぼして、
と慕いなさるので、こうしていては(出家の思いは)遂げられないだろうとお思いになって、

「さらば力なし。具し奉るべし。この暮れを待ち給へ。
「それならばしかたがない。お連れ申し上げよう。この夕暮れ(になるの)をお待ちなさい。

参りて、暁にもろともに出で侍らん。
(もう一度)参上して、夜明け前に一緒に(宮中を)出ましょう。

まづただ今はあまりに慌たたしければ、
まずただ今はあまりに慌ただしいので、

いま一度、殿の御顔をも、吾子をも見侍らん。」と、
もう一度、父内大臣のお顔をも、わが子をも見てみようと思います。」と、

いとよくすかし給へば、あやふくて、
よくよくなだめなさると、(姫君は)不安で、

「ただ今、まづいづくまでも具しておはせよ。」とて、
「たった今、まずはどこまでもお連れなさいませ。」と言って、

恥のこともおぼえず、中納言に取りつきて離れ給はねば、
恥のことも考えず、中納言にすがりついて離れなさらないので、

心苦しく、かなしさせん方なくて、
(中納言は)つらく、悲しさはどうしようもなくて、

「すかし奉ることはあるまじ。
「(あなたを)おだまし申し上げることはありません。

いづくまでも身に添ふべきものなれば、
どこまでも肌身離さず持つはずのものなので、

これをとどめ侍らん。」とて、御数珠・扇を置き給ふ。
これを置いておきましょう。」と言って、御数珠と扇を置きとどめなさる。

いとどあやしと思ひ給ひて、せん方なくて泣き給へば、
(姫君は)ますます不審にお思いになって、どうしようもなくてお泣きになるので、

情けなく振り捨てて、いかでか出で給ふべきなれば、
(中納言は)無情に(姫君を)振り捨てて、どうやって出て行きなさることができようか、いや、できないので、

とかくこしらへ給ふほどに、夜も明け方になりぬ。
あれやこれやとなだめなさるうちに、夜も明け方になってしまった。

※ 品詞分解はこちら
しのびね物語「偽りの別れ」(前半)

 

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